本来、肉食目イヌ科の動物は、主たるコミュニケーションを「吠える(鳴く)」以外の方法で行います。では、いったいなぜ、どんなときに「吠える(鳴く)」のでしょうか。「子犬の鳴き声で困っている」「これから子犬を迎え入れるにあたって不安を感じている」という飼い主さんのために、愛犬が吠えない関係づくりについて解説します。ポイントは「飼い主さんとの非言語コミュニケーション強化」です。
もくじ
犬の先祖とされるオオカミや、オオカミに近い肉食目イヌ科の動物は、基本的に「ワンワン」と鳴くことはありません。
散歩中に出会った犬同士が無言でお互いの匂いをかぎ合う光景からもわかるように、犬は鳴く以外の方法でコミュニケーションをとることが可能です。
しかし、人が犬を家畜化してきた過程で、人とコミュニケーションをとる方法として犬の「鳴く」行動が強化されてきた節があります。
実際、月齢6ヵ月未満の子犬がお家に来た際に「ワンワン」と鳴くケースは少なく、月齢6ヵ月程を境に「ワン」という鳴き声を獲得することが多くあります。
これは「ワン」と鳴くことで人とのコミュニケーションが生まれるという経験からくる、学習といえるのです(月齢と鳴きの関連性には個体差があります)。
人は言語や視覚情報を主としますが、犬の場合は嗅覚情報を主とし、ボディランゲージなど複数の情報源をもとにしています。これを「非言語コミュニケーション」といいます。
犬が人とのコミュニケーション手段として鳴くことを覚える前に、非言語コミュニケーションを教え、日常的なコミュニケーションを工夫することで子犬の鳴き声を回避・軽減することが可能です。
非言語コミュニケーションを習得しきれていない子犬は、鳴くことで意思疎通を図ろうとする傾向があります。
成犬になる過程でトレーニングをしたり、ほかの犬から非言語コミュニケーションを学んだりすることで鳴きは軽減されますが、ほかの犬との交流が少ない家庭犬では、子犬の頃の鳴き癖がそのまま残ることも少なくありません。
では、どういうシチュエーションで犬は「鳴く」のでしょうか。
飼い主さんが離れた際にキュンキュンと鳴くのは、不安や懇願からくる独り言のようなもの。「どこに行くの?」「私も連れて行って」といった甘えたい心情によるものなので、「相手に伝えたい」という目的意識は比較的低くなります。
この場合、「安心して落ち着く体勢」を教えることにより、鳴き声が軽減することが多いです。あるいは、そばで寄り添ってあげるだけでも、落ち着きやすくなることもあるでしょう。
「ワンワン!」という鳴き声は自己主張やクレームのようなもので、犬の意志や主張が強く込められています。基本的には、伝えたい相手がいて発せられる声であり、肉食獣である犬の場合、目線の先に対象が存在します。
この場合、何かを教えることよりも、「吠え」を日常化させる付き合い方を学習させている家族の行動を改めることが重要です。「ワンワン!」と吠えた際、このような経験はありませんか。
犬はそれら家族のリアクションを受けて、「ワンワン!」は「伝わる!」と学習するのです。犬の行動を問題視するまえに、まずは自分自身の行動を振り返ってみましょう。
「ワォーン」といった遠吠えのような鳴き声もあります。これは、犬が野生動物として活動していた頃の名残りで、目の前にいない相手に対し、自分の気持を届けたいという心情からくる「遠隔の交流」によるもの。
少し悲しげな声で、お座り、または立ての姿勢で空を仰ぐように遠吠えする姿は、まさに哀愁100%。愛する二人が離れた場所で月を見上げ、互いを想う。そんな姿に似ていますね。
この場合、犬がお留守番の時間を長いと感じている、日常的に撫でるなどの接触型のコミュニケーションが多いことで離れることに対してストレスを感じているなどの原因が考えられます。
愛犬に「自信」を与えられるようなトレーニングやゲームを一緒におこなうといいでしょう。
過度なストレスを受けたりストレスが溜まったりすると、犬は「鳴く」という行為でエネルギーを発散することもあります。
この場合、犬の目線は定まらず、鳴くと同時にぐるぐると動き回ったり物を噛んだりするといった行動も見られます。
留守番時に吠えるのもこのケース。飼い主さんと離れ、寂しくてストレスが溜まり留守番自体を受け入れられないと、吠えに発展することもあります。
この場合、条件や環境の変化に順応できない状態が考えられるため、まずは愛犬との関係性の再構築が求められます。
普段愛犬の意見がすべて通るようなコミュニケーションに偏っていないでしょうか。これらの行動から鳴く場合は、愛犬のストレス耐性を高めることで抑えることができます。
鳴き声による飼い主さんや近隣の方のストレスを軽減し、犬が本来もつ豊かな非言語コミュニケーションを引き出してあげるためにも、犬が鳴くさまざまな心理を理解しながら、適時適切な方法でトレーニングをすることがとても大切です。
黙っていても本来は会話が成立する犬。しかし、「ワン」と鳴くことで飼い主さんとの会話が生まれるという経験する犬は多いです。愛犬がクッションで穏やかに寝ているときにわざわざ声をかけたり、触りに行ったりする飼い主さんは少ないでしょう。
一方で、玄関チャイムが鳴ったり来客があったりするなど、外的刺激が加わって興奮する愛犬に、名前を呼んで「うるさい!」「吠えちゃだめ!」などと声をかける飼い主さんは少なくありません。
このような飼い主さんの姿は、犬にとって「興奮」「刺激」という盛り上がった思い出として印象付けられ、「鳴くこと=楽しいこと」と学習します。
したがって、愛犬の鳴き声をおさえたい場合は、犬が穏やかに過ごしているときこそ「いい子だね」と声をかけたり、触って褒めてあげたりすることをおすすめします。
最初は刺激によって鳴くスイッチが入ってしまうかもしれませんが、根気強く繰り返していくうちに学習し、落ち着く機会が増えていくでしょう。
アイコンタクトを教え、強化していくというアプローチもあります。好きな人や家族と目を合わせることはコミュニケーションの基本であり、必然だと思います。
犬は本来、目を合わせなくとも、ほかの感覚器官を駆使してコミュニケーションを図ることは可能です。しかし、飼い主さんとのアイコンタクトを通じた非言語コミュニケーションを学習することもできるのです。
2015年に麻布大学を中心とした研究チームが発表した論文によると、人と犬が見つめ合うことで幸せホルモンと呼ばれる「オキシトシン」が双方に分泌されることが分かりました。
ほかにも犬の体をなでたり、コミュニケーションをとったりすることでも、体内のオキシトシンの増加が確認されています
飼い主さんと愛犬が愛情と信頼で結ばれた関係であれば、アイコンタクトで双方にオキシトシンが分泌され、その回数が増えるほど上昇します。
つまり、目を合わせることで、互いの幸せ度が上がっていくという相互効果が期待できるのです。
参考文献:Miho Nagasawa, Takefumi Kikusui et al. 「Oxytocin-gaze positive loop and the coevolution of human-dog bonds.」 Science, 2015, 348(6232), 333-336.
犬も私たちも命ある生き物です。しかし、人と犬は異種であることを踏まえ、私たち人が彼らに寄り添うことが大切です。
新しい家族のもとへ初めてやってきたとき、最初は不安で「キュンキュン」と鳴き声を出してしまうこともあるでしょう。
そんなときは、そっと寄り添い、手を添えて「大丈夫だよ」と声をかけてみてください。飼い主さんご自身が伝えたい気持ちをゆっくり言葉にして伝えてみるのもよいでしょう。
文化や人種が違っても、誠心誠意努めることでコミュニケーションは成立するものです。「しつけ」という手法だけに特化せず、家族として同じ群れの仲間であることを伝え、安心させてほしいと思います。
感受性の高い犬は、きっとあなたの気持ちを受け取ってくれるはずです。