「熱中症」は、高温多湿環境下における高体温、脱水によって生じる全身性の疾患です。人と同じように犬も熱中症にかかることがあります。熱中症は命に関わる大変危険な病気です。ここでは犬の熱中症について詳しくお話をしていきます。
もくじ
熱中症とは「暑熱環境における身体適応の障害によって起こる状態の総称」と定義されています。もっと簡単に説明すると「暑さにより重要な臓器が損傷を受ける病気」です。
熱中症の重症度は、Ⅰ〜Ⅲの3段階に分類されます。
重症度Ⅰではめまいや立ちくらみ、筋肉痛などで意識障害がないものが分類され、体の冷却と水分と塩分の摂取で改善することが多い状態です。重症度Ⅱ〜Ⅲでは医療機関への受診が必要となります。
このように、熱中症はただ暑さで疲れるような病気ではなく、重症度によっては命を落としかねない大変危険な病気なのです。
犬も人と同じように、暑い環境で長時間過ごしたり、過度な運動をしたりすることで熱中症になってしまいます。犬は人と違い汗をかけないため、体温調節が人よりも苦手です。そのため、熱中症を起こす危険性が高いのです。
体温調節が苦手なことから、人にとっては適温でも犬にとっては暑く感じる可能性があります。
例えば暑くなってくる時期、窓を開けて風通しをよくすれば人は快適に感じるかもしれません。しかし、犬にとっては暑く感じ、体調を崩してしまう場合があります。熱中症になるリスクもあるため、注意してください。
どのくらいが適温かというと、環境によって変わるので明言することは難しいです。しかし、少なくともエアコンの設定温度が25度では犬にとっては暑く感じていることがあります。人では25度でも快適に感じていても犬にとっては暑く感じていることがある、ということに注意しておいてください。
また、湿度も熱中症を予防するために重要です。犬は呼吸やベロを口の外に出して熱を逃がします。湿度が高いと呼吸がしづらくなったり、熱が逃げにくくなったりします。湿度に関しては60%を超えないように設定するとよいでしょう。
愛犬の体調、犬種、年齢や体格によって適温や湿度が変わってきます。少なくとも人が少し暑く感じる、じめっと感じる場合には犬にとってそれは暑い環境といえます。
ベロを出して呼吸が速ければ暑さを感じているサインですので、温度を下げてあげましょう。
犬が暑さを感じているかどうかはどのように判断すればよいのでしょうか。
犬は汗をかけないため、ベロと呼吸で体の熱を逃がします。ですので、暑い場合にはベロをだして呼吸の回数が多くなります。また、水を飲む回数や量が増えるのも暑さを感じているサインの1つです。
このような行動が見られた場合には犬は暑さを感じていると判断した方がよいでしょう。
また、寒い時にはタオルや布団などに潜り込むことがあります。人では寒いと体が震えますが、犬では相当の寒さでないと体が震えることはまれです。
犬が震える時には痛みや体調が悪い時のサインの1つですので、こちらもあせて覚えておくと病気や体調不良を発見しやすくなるでしょう。
熱中症の重症度はⅠ-Ⅲに分類されることはお話ししました。それぞれ次のような症状があらわれます。
症状は目眩や立ちくらみ、筋肉痛などです。重症度Ⅰの段階で気がつければ回復の見込みは極めて高いです。
頭痛や嘔吐、倦怠感が主な症状です。医療機関での治療が必要となります。
意識障害や肝障害、腎障害などがあらわれます。即座に入院治療を行わなければいけない状態で、命に関わる状態です。
犬の正常な体温は37.5〜38.5度の範囲です。病院で測定すると緊張などにより38度を超えることがほとんどですが、自宅で安静時に測定すると38度を少し下回ることがあります。
熱中症では体に熱が溜まることで発症しますので、熱中症の初期では体温はそこまで高くなっていない場合もあります。
体温が39度を超えてきたら危険なサインです。40度を超えると非常に危ない状態と判断してください。
犬は言葉で自分の状態を伝えることができません。初期段階では見た目だけで症状を判断することは極めて難しいため、先ほどお伝えした「犬の暑いサイン」を見逃さないようにしましょう。
熱中症を予防するには水分を十分に摂ることも重要ですが、それ以上に気をつけるべきは犬を暑い環境に長居させないことです。
暑くなってくる季節、必ずエアコンをつけて部屋を涼しくしてください。
エアコンをつけていても設定温度が高いと、十分に身体が冷やせず熱中症になってしまいます。どのくらいまで下げればいいかという明確な温度はありませんが、少なくとも犬が口を開けて呼吸するなどの暑がる仕草がみられない程度に下げておく必要があります。
可能であれば、カーテンで窓からの日光を遮っておくとさらに安心です。
夏場の日差しは強烈ですので、エアコンの設定温度を十分に下げていても室内の温度が上がることがあります。せっかくエアコンをつけていても日差しのせいで室温が上がってしまっては、熱中症の予防効果が低下します。
犬と一緒に出かける際、車を使うことがあります。車は部屋よりも狭く、窓ガラスに太陽の光や熱が集中して車内に入ってくるため、車内は短時間で温度が上昇します。たとえ5分や10分ほどでもエアコンを止めると、犬は熱中症になる可能性が高いのです。
また、すでにお話ししたように車の中は簡単に温度が上昇します。エアコンの温度も低く設定し、風量も上げておきましょう。短時間であっても、絶対にエンジンを止めた車内に愛犬を置かないでください。
熱中症の予防には、散歩の時間も重要です。夏場は、まだ涼しい明け方や夕方から散歩を始めることが多いかもしれませんが、夕方の散歩も時間によっては非常に危険です。
夏場で最高気温が35度のときに路面温度がどのように変化するかを調べたデータがあります。
これによると、朝方の路面温度は30℃で徐々に上昇していき、正午には路面の温度は50℃以上にまで暑くなるそうです。日暮れとともに気温は下がりますが、19時を過ぎても路面温度は35度以上と高いままで、路面温度が30度まで下がるのは夜中の3時頃です。
路面が遮熱や保水などの舗装がされているかで変わりますが、夕方以降の散歩でも熱中症のリスクは高いということです。アスファルトを触ってみて熱いと感じたら散歩はやめましょう。
熱さがおさまったとしても実際に散歩をさせてみて犬が足踏みをするなどをしていれば熱さを感じているサインです。そのような行動が見られたらもう少し遅くなってから散歩を始めましょう。
犬は人よりも地面に近いことから、路面からの熱の影響を受けやすいということも覚えておいてください。気温を想定するときは150cmの高さで測ります。この高さで気温が32℃のとき、地面から5cmの高さでは36℃以上になります。
散歩に行く際には保冷剤や氷、いざという時に体を濡らすために多めに水を用意しておくとよいでしょう。
日中や夕方すぐの散歩は、熱中症だけでなく肉球の火傷にも注意しましょう。日中のアスファルトの上を愛犬が歩くことは、人で例えると、熱した鉄板の上を裸足で歩くのと同じと考えて下さい。
熱中症や足の火傷を防ぐためにも、散歩の時間に注意しましょう。
このように、犬は私たち人が感じている以上に暑い状況に置かれていること、そして汗をかけない体の作りから熱中症になりやすいということを忘れないようにしてください。
芝生では熱が溜まりにくく、火傷のリスクが少ないです。散歩の際に火傷が心配であれば芝生のところまで連れて行って散歩をさせると安心でしょう。また、砂や砂利の地面では暑くなってしまうため散歩の時にはアスファルト同様に注意が必要です
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犬が熱中症かもしれないと思ったらまずは涼しい部屋に移動させましょう。エアコンは20℃程度まで下げてもらい、意識があり水が飲めるようであれば水分を与えて下さい。
のは、非常に危険な状態です。至急、動物病院を受診しましょう。
その際には、
などして、体温を下げながらすぐに病院へ向かってください。
犬を水の中に入れて冷やす方法もありますが、意識が落ちている場合には誤嚥(ごえん)を起こす可能性があるため注意が必要です。また、冷たすぎる水だと寒さで体が震え、熱を上げてしまいます。そのため、常温の水(15℃程度)に入れた場合と比べて効果がないという報告もあります。
人のガイドラインでは水の温度は明記されていませんが、冷たすぎる水はかえって逆効果になる可能性や誤嚥のリスクがあることから水に入れての冷却はしない方がよいでしょう。
体を冷やすには水の中に入れるのではなく、体に水をかけるようにしてください。この時の注意点としては首からお尻にかけて水をまんべんなくかけてもらい、顔は濡らさないようにしてください。顔に水をかけるとこれも誤嚥してしまう可能性があります。
上述したように、熱中症は重要な臓器が暑さにより障害される病気のため、体温を下げれば治療になるということではありません。体温を下げれば臓器の損傷は食い止められるかもしれませんが、損傷した臓器を改善させるには病院での治療が必要です。
重症度が軽ければ体を冷やすだけで改善しますが、重症度が進んでいると入院での治療が必要となります。
熱中症で体温が上がると代謝が活発になり、体の中で酸素を使う量が増えます。酸素が足りなくなると細胞は正常な働きができなくなります。重症度が進むと脳などの重要な神経、肝臓、腎臓、心臓、胃や腸などの消化器の障害を引き起こします。
重要な臓器が熱中症で障害を受けると回復させるのは大変難しく、回復したとしても後遺症が出てしまう可能性が高いです。
2014年に犬の熱中症についての報告があります。熱中症と診断された12例の犬を追跡したところ半分の6例の犬が24~48時間以内に死亡または改善の見込みがなく安楽死を選択せざるを得なかったという結果でした。
このように熱中症は非常に危険で亡くなる可能性の高い病気です。
しかし、しっかりとした知識をもって注意できれば熱中症は回避できます。大切な愛犬を守るためにも、熱中症の怖さと予防のポイントを覚えておいて下さい。
熱中症は犬種に関わらずなりやすいですが、体の大きい犬種や短頭種は熱中症になりやすいといわれています。大型犬や短頭種の他にも、体型の理由から熱中症にかかりやすい犬種もいます。ここではなぜ熱中症に罹りやすいのかを解説していきます。
ゴールデン・レトリーバー、バーニーズ・マウンテン・ドッグ、秋田犬などの大型犬は、体毛が長く、毛量も多いため、体内に熱がこもりやすいです。大型犬は運動量も多く、体温が上昇してしまうことも熱中症を起こしやすい原因のひとつだと考えられます。
暑いと犬は口を開けて舌を出して呼吸をします(パンティング)。このパンティングにより犬は舌の唾液を蒸発させて熱を下げ体温調節を行います。
しかしフレンチ・ブルドッグやパグなどの短頭種は、鼻の穴が小さく気管が細い、軟口蓋(のどちんこ)が長く、もともと口を開けて呼吸をすることが多いです。呼吸の刺激に暑さが加わると、喉が腫れて息がしにくくなります。
このような状態で頑張って呼吸をすると、呼吸の回数が増えて体温が上がるため、短頭種は熱中症になりやすいのです。
フレンチ・ブルドック
パグ
チワワ
シー・ズー
マルチーズ など
足が短かったり体が小さな小型犬も、屋外では熱中症にかかりやすいといえます。
「 水分補給など、熱中症の予防 」でお伝えしたとおり、体が地面に近くなると、暑さの影響を受けやすくなってしまいます。大型犬や短頭種以外にも、足の長さや体の大きさから、犬と地面との近さに注意しましょう。
ミニチュア・ダックスフント
ウェルシュ・コーギー など
チワワ
トイ・プードル
パピヨン など
長毛種や毛が密になっていると、皮膚と毛の間に熱が溜まりやすく、逃げにくいことから体温が上がりやすくなります。また、エアコンなどの冷気や風を毛がブロックしてしまい、皮膚に届きにくくなります。いくら部屋を涼しくしていても、長毛で毛が密な犬種にとっては暑く熱中症になる可能性があるのです。
サマーカットにしたり、水だけでなく氷を与えて内側から冷やしたりするなどの工夫が必要です。
太っている犬も要注意です。脂肪は断熱効果があり、上昇した体温が下がりにくくなってしまいます。犬は汗がかけないため口呼吸で熱を逃しますが、太ってくると喉の周りにも脂肪がつきます。呼吸がしにくくなり、上手に熱を逃すことができなくなります。
高齢になってくると筋肉や関節が弱り、自由に動くのが困難になることがあります。水を飲みに行きにくい、暑い場所から移動しにくいといった理由から、熱中症のリスクが高くなります。
また、高齢になるとさまざまな病気を抱えていることもあるでしょう。例えば、心臓や肺、気管支などの呼吸器に基礎疾患があると、体温が上がることで臓器にさらに負担をかけてしまいます。
熱中症だけでなく、持病を悪化させてしまう可能性があることから、年齢にも注意が必要です。
熱中症は大変危険で、亡くなる可能性のある極めて怖い病気のひとつです。
夏場は特に気をつけて生活していると思いますが、実は冬場も熱中症になることがあります。こたつの中で犬が眠ってしまう、ケージの近くにストーブを設置するなどが原因です。熱中症は体温が上がる状況なら起こり得る病気であると覚えておくとよいでしょう。
繰り返しになりますが、熱中症は飼い主が注意していれば必ず防げる病気です。愛犬を守るために対策をしっかり取っていきましょう。
各犬種の熱中症の事例や治療費については、以下の記事で紹介しているので参考にしてみてください。
トイ・プードル
チワワ
パピヨン
マルチーズ
シー・ズー
パグ
コーギー
柴犬
大型犬
参照:
日本救急医療学会「熱中症ガイドライン 2015」(閲覧日2022/9/12)
日本救急医学会熱中症に関する委員会 : 熱中症の実態調査-日本救急医学会Heatstroke STUDY2012 最終報告-. 日救急医会誌 . 2014; 25: 846-62. (閲覧日2022/9/12)
国土交通省「路面温度上昇抑制機能を有する舗装技術の効果確認」(閲覧日2022/9/12)
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